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診療案内

肝腫瘍

 
 
 

肝臓について

肝臓は右の肋骨と横隔膜に覆われた、人体の中で最大の臓器です。その重量はおよそ1kg~1.5kgといわれています。非常に多くの機能を持ち、生命を維持するための「工場」のような臓器です。肝臓の主な機能は①代謝機能②解毒作用③胆汁の生成と分泌があります。①代謝機能とは、食べたものから摂った栄養素(糖分、たんぱく質、脂質)を体が使えるような形に変えることをいいます。それらを体内に貯蔵し、必要な時に供給する機能があります。②解毒作用とは、食べ物や飲み物の中には人体にとって有毒なものも含まれます。腸で吸収された有毒物質は肝臓に送られ、無毒化し対外へ排出することをいいます。③胆汁とは脂肪の吸収を助ける消化液の一つで、肝臓で作られた老廃物ともに腸へ排出されます。また再生能力の強い臓器であり、一部に損傷があっても他の部位が助けてくれるため症状が現れにくく「沈黙の臓器」とも呼ばれています。
肝臓の手術が必要な病気は、主に肝臓にできる「できもの(=腫瘍)」が対象になります。腫瘍の中には悪性の腫瘍と良性の腫瘍があります。悪性腫瘍のなかで最も多いのは、肝臓がんです。肝臓がんの中には、肝臓そのものを構成する細胞からできたもの(肝細胞がん)と、肝臓の中にある胆管を構成する細胞からできたもの(胆管細胞がん)の2つがありますが、圧倒的に肝細胞がんの方が多いです。また他の臓器にできたがんが肝臓に飛び火(転移)したものを転移性肝がんといいます。近年の大腸がんの増加にともない、転移性肝がんも増加傾向です。一部の良性腫瘍でも大きな肝血管腫や肝嚢胞の一部は外科治療の対象になります。

肝臓の腫瘍

① 肝細胞がんについて

肝臓の悪性腫瘍のうち約9割を占めるといわれています。原因は、肝炎ウイルスの持続感染です。肝炎ウイルスにはA,B,C,D,Eなどが存在していますが、肝がんと関連するのはB,C型の2種類です。この肝炎ウイルスの持続感染による慢性的な炎症が、肝がんの発生に大きく寄与しているといわれています。肝炎ウイルスに感染していない場合は、アルコールによる肝障害が多いといわれています。近年では、アルコールには関連しない「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)」とよばれる疾患も増えています。
症状は、進行して腫瘍が大きくなった場合、腹部のしこりや圧迫感などを感じる方がいます。また大きくなりすぎて破裂する場合もあり、激烈な腹痛やショック状態になる方もいます。しかし大半の方は無症状です。そこで、症状から病気を見つけるのではなく、先に説明したような肝細胞がんができやすい因子を持っている方に対し、定期的に厳重な経過観察をする必要があります。最近では、画像検査の精度がかなり向上してきており、比較的小さな病変も早い段階で見つかることもあります。
治療方法は手術、ラジオ波焼灼療法(RFA:radiofrequency ablation)、肝動脈塞栓術、化学療法、放射線療法などがあり、様々な治療方法を組み合わせて行います。日本肝臓学会から発行されている「肝癌診療ガイドライン」の中の「肝癌治療アルゴリズム」(下図)という治療方針についての指標が示されています。

  • ・脈管侵襲を有する肝障害度Aの症例では肝切除・化学療法・塞栓療法が選択される場合がある。
  • ・肝外転移を有するChild-Pugh分類Aの症例では化学療法が推奨される。
    • *1:内科的治療を考慮する時はChild-Pugh分類の使用も可
    • *2:腫瘍径が3cm以内では選択可
    • *3:経口投与や肝動注などがある
    • *4:腫瘍が1個では5cm以内
    • *5:患者年齢は65才以下

日本肝臓学会 金原出版 肝臓診療ガイドライン2013年版 p.15 エビデンスに基づく肝細胞癌治療アルゴリズム

治療方法

手術治療

がんを含む肝臓の一部分を切除します。 ガイドラインでは、肝臓に腫瘍が限局しており、3個以内の方が対象となります。腫瘍の大きさについての制限はありません。 かといってすべての患者さんに当てはまるわけではありません。患者さんの全身状態や栄養状態、腫瘍の大きさや個数、できた場所、肝臓の機能など総合的に判断する必要があります。
肝臓は、大きく「右葉」と「左葉」に分けられます。背側にある部分を「尾状葉」といいます。「右葉」は「前区域」と「後区域」に分かれ、「左葉」は「内側区域」と「外側区域」に分けられます。さらに番号のついた「亜区域」に分けられます。
肝臓の働きが良い方は、腫瘍の位置や大きさに準じて「葉切除」を行うことができます。しかし、肝臓の働きが弱っている方にこのような手術を行うと、術後に肝臓が機能しなくなる「肝不全」を起こす危険性が高まります。そこで肝臓「区域」や「亜区域」、さらには「部分」「腫瘍核出」などの手術方法があります。当科では、術前に画像所見を詳細に検討し、患者さんの状態に応じた最適な「オーダーメイド治療」を安全に行っています。

術前画像によるシミュレーション

穿刺局所療法

肝細胞がんの局所療法として開発された方法で、体外から針を刺し、がんに対し局所的に治療を行うものです。手術よりも体に対する負担が軽いという長所があります。一般的に、がんの大きさが3cm以下、3個以内が治療対象となります。

・経皮的エタノール注入療法 (PEIT)

がんに直接針をさして、エタノールを注入し、がん細胞を死滅させる方法です。しかし、エタノールががんの中で均一に拡散せず、がんの中に壁があるような場合はエタノールが通過できないので、腫瘍の残存や再発などの問題があります。

・経皮的マイクロ波凝固療法 (PMCT)

PEITの欠点を補うために開発された方法です。こちらもがんに直接針を刺しますが、薬液ではなくマイクロ波を当てて、熱でがんを焼灼し死滅させる方法です。

・経皮的ラジオ波凝固療法 (RFA)

この方法はマイクロ波ではなく、ラジオ波を当てる方法です。マイクロ波よりも1回の治療で獲得できるがんの壊死範囲が大きいという長所を持っています。現在では穿刺局所療法のなかでは標準治療とされています。

肝動脈塞栓療法 (TAE)

肝細胞がんは動脈の血流で栄養されています。そのような特徴を逆手にとって開発された治療方法です。肝臓にいく動脈の中に細いチューブを入れて塞栓物質を注入し、血管をふさいでしまいます。がんに対する「兵糧攻め」を行い壊死させてしまいます。

肝動脈化学塞栓療法 (TACE)

肝動脈塞栓療法は塞栓物質だけを注入しますが、この方法は抗がん剤を塞栓物質にまぜて、よりがんに対する治療効果を期待する方法です。
この2つの方法は、手術と穿刺局所療法ができない方に対して行われています。

放射線療法

肝臓は放射線に対する感受性が高く、正常の肝臓に放射線が当たると肝障害を引き起こす可能性が高いため、慎重にその適応が選択されてきました。近年、陽子線や重粒子線などの照射範囲が絞り込める方法が開発され、治療の選択肢として検討できる段階にきています。

化学療法

肝細胞がんに対する全身化学療法は、局所治療では効果が期待できない方に対し行われています。近年では、ソラフェニブ(ネクサバール)という薬剤の有効性が示され、標準治療となっています。

② 肝内胆管がん(胆管細胞がん)について

肝臓にできるがんのなかで、肝細胞がんに次いで2番目に多いがんです。肝臓のなかにある胆管の細胞から発生します。発生した胆管の位置から、肝内胆管と肝外胆管に分けられます。肝外胆管から発生した胆管がんは別紙に記述します。このがんは、肝臓の中の他の場所(肝内転移)や、リンパ管や血管に沿って他の臓器に広がる(リンパ節転移、肺転移、骨転移など)ことがあります。

胆管細胞がんの発育形態はさまざまあります。
①胆管にできたがんが周囲の組織に広がっていくもの、②胆管の中だけに盛り上がるように発育するもの、③腫瘤を形成し大きくなるものがあります。肝内胆管がんは③の形態をとることが多いといわれています。
症状は、皮膚や目の色が黄色くなり黄疸とよばれる症状がでることがあります。原因は、腫瘍により胆管が狭窄することで胆汁の流れが悪くなり、胆汁の成分が血管内に逆流することに起因します。同時に、胆汁が腸内に流れないために便の色が白くなることがあります。他にかゆみや尿が黄色くなるなどの症状が出ることがあります。

この病気の唯一治癒が期待できる治療方法は、手術による切除です。腫瘍の場所や大きさにもよりますが、肝臓の切除をふくめ胆管の切除や、リンパ節の切除といった大きな手術になることがあります。その分、術後合併症や手術死亡のリスクは他のがん手術よりもリスクが高いといわれています。当科では、患者さんの状態に応じて、安全かつ最大限の切除効果をもたらすことのできる切除方針を計画し実行しています。

胆管の分類

③ 転移性肝がんについて

各臓器に発生したがん(原発巣)は増殖するにつれ、周囲の血管などにも広がっていき、その過程で血管に浸潤したがん細胞が全身に広がっていくことがあります。転移性肝がんとは、肝臓以外の臓器のがん細胞が主に血液の流れに乗り、肝臓に転移した状態を指します。すべてのがんで肝転移を起こす可能性はありますが、代表的な原発巣は大腸がんです。様々な臓器の転移性肝がんが存在し、治療方針も異なりますが、積極的に外科的切除をすることで予後の改善が見込めるとされているのも大腸がんです。転移性肝がんに対する治療法として、長期生存が期待できる唯一の方法は手術(肝切除)です。切除できるかどうかは原発巣の種類や、転移腫瘍の数や大きさによります。多発していても同じ領域内の肝臓に偏っていれば手術できることもあります。手術適応でない場合は、薬物治療(抗がん剤治療)となります。その原発巣によって使用する薬剤の種類はかわります。また、近年大腸がんに対する薬物治療の進歩はめざましく、切除不能な転移性肝がんに対して薬物治療を行った結果、腫瘍が縮小し手術適応となり、肝切除に移行できる方も増えております。

④ 肝血管腫について

肝臓内の血管がスポンジ様に拡張した腫瘍で、他に転移することがない良性疾患です。良性肝腫瘍のなかでは最も多くみられる腫瘍です。海綿状血管腫と血管内皮腫に分類されますが、ほとんどは前者です。偶然発見されることが多く、通常は手術の対象になりません。ただし、巨大なものは腫瘤内で血液が壊され、赤血球や血小板が減少し、貧血や出血が止まりにくい状態になるKasabach-Merritt症候群を引き起こす可能性が高まります。また腫瘍自体が破裂して出血をきたしたり、正常な臓器を圧迫することで違和感や腹満感、痛みを生じる場合には切除の適応になります。当科では、このような良性腫瘍に対しては腹腔鏡下手術を積極的に導入しています。

⑤ 肝嚢胞について

肝嚢胞とは、肝臓の中に袋を形成し水が溜まっているものです。胎児の頃に他と交通がない胆管が残り袋状に大きくなるといわれています。稀な病気ではなく、放置していてもがん化することのない良性疾患ですが、多発・巨大化することがあり、正常な肝機能を維持できなかったり、腹満感や腹痛などの圧迫症状、嚢胞内の出血や破裂・感染があれば手術適応になります。治療方法は、従来は開腹して袋を切除する方法が行われていました。また切除せず、袋の中にチューブを入れてエタノールなどで壊死させる方法が行われることもありますが、痛みや再発の可能性があります。当科では手術適応のある肝嚢胞に対しては、腹腔鏡下手術を導入し袋を切除する方法を行っています。

当科の特色―腹腔鏡下肝切除―

手術治療には、アプローチの方法が異なる開腹手術と腹腔鏡手術があります。現在の肝切除における標準手術方法は開腹手術です。一方、近年の消化器外科領域における腹腔鏡手術の普及にはめざましいものがあります。傷が小さく、患者さんにやさしい手術方法であることから、今後ますます増えていくことが予想されます。肝切除の領域にも腹腔鏡手術が導入されてきました。社会的な動きとして2010年に肝部分切除と外側区域切除という比較的簡単な手術に対し保険収載されました。2016年には厳格な施設基準と術者基準を前提とした難易度の高い系統的肝切除(肝臓の中の血管や胆管を指標に、大きな範囲を切除する方法)に対する腹腔鏡手術も保険収載され、今後さらに全国的に増えていくことが予想されます。

開腹手術と腹腔鏡手術の傷の違い

開腹手術

腹腔鏡手術

腹腔鏡手術の一般的なメリットとデメリットを下図に示します。患者さんにやさしい手術であることは当然のことながら、近年の内視鏡技術の向上(4Kや3D内視鏡の開発など)により、肉眼で見るより詳細に見えます。現在では、そのような先端技術を駆使した手術が可能になってきています。一方、デメリットもあります。今後克服すべき課題であると考え、我々外科医は日夜その改善に取り組んでいます。

腹腔鏡下手術のメリット・デメリット

メリット デメリット
痛みが軽く、身体への負担が比較的少ない 手術時間が長くなる傾向がある
傷が小さく、整容性に優れている 頭低位など開腹手術では行わない体位変換が必要である
術後の回復が早く、退院が早い 気腹による呼吸・循環機能への影響
癒着が少なく腸閉塞になりにくい 触覚がほぼないため習熟した技術と繊細な感覚を要する
拡大視効果で精緻な手術が可能である 近年ではかなり縮まったとはいえ、技術の外科医・施設間格差が少なからず存在する
手術映像を共有することで、若手外科医への技術の伝承と教育が可能 視野が狭いため、画面に映らない部分で起こる臓器損傷や出血のリスク
様々な内視鏡手術関連の医療機器開発に伴い、医療と科学技術の連携がすすみ、多岐にわたる産業の振興と技術革新に貢献 高価な医療機器によるコスト増とディスポ製品による医療廃棄物の増加

当科には腹腔鏡手術(内視鏡外科技術認定医*1)と肝胆膵外科手術(高度技能専門医*2)の専門医が在籍しており、難易度の高い肝胆膵領域の腹腔鏡手術を、安全かつ確実に行うことができる施設のひとつです。下図は、腹腔鏡で行った系統的肝切除の写真です。

(*1:日本内視鏡外科学会が2004年から発足した認定制度です。この制度は、医師の持つ腹腔鏡手術の技術を高い基準にしたがって評価し、後進を指導するにたる医師を認定するものです。*2:日本肝胆膵外科学会が2008年から発足した認定制度です。肝胆膵領域の外科手術は難易度が高いと言われています。この領域の手術を、安全かつ確実に行うことができる外科医を育てるために発足しました。)
さらに、安全に腹腔鏡下肝切除を行うため、最新の技術も導入しています。その一つにICG(インドシアニングリーン)という薬剤を用いた手術を行っています。このICGとは通常、肝機能検査で使用する薬剤です。腫瘍に集積するICGの特色を活かし、特殊なカメラを通じて目に見えない小さな腫瘍を見つけることができます。また切除するラインを可視化して、これまでよりも安全で確実な手術を行い、患者さんに貢献できるよう日々の診療にあたっています。

ICGを使った腹腔鏡下肝切除

手術の前に患者さんに受けて頂く検査について

当科では以下の検査を、手術前に受けて頂きます。

全身麻酔のための検査

まずは全身麻酔が可能かどうかを調べます。肝機能以外の採血データや、呼吸機能検査、心電図、必要であれば心臓エコー検査などを行います。肝臓以外に病気がある場合でも、他科の医師と綿密な連携をとりながら、診療をすすめていきます。

① 血液検査

血液検査で調べる項目は多岐にわたります。
肝臓の働きを調べるために、GOT(AST)、GPT(ALT)、ビリルビン、アルブミン、PT、APTT、ALP、γ-GTPなどを検査します。また、腫瘍マーカーというものも検査します。腫瘍マーカーとは、腫瘍の存在下で血中に増加してくる因子のことです。肝細胞がんはAFP・PIVKAII、胆管細胞がんはCA19-9、転移性肝がんはそれぞれ原発巣の腫瘍マーカーがあります。

インドシアニングリーン(ICG)試験

肝臓の機能をしらべる血液検査です。ICGという緑色の薬を血管内に注射すると、肝臓を通って胆汁中に排泄されます。5分おきに採血を行い、ICGの消失具合で肝機能を調べます。その結果によって、切除可能な範囲が決まります。

② 画像検査

造影CT検査

血管内に造影剤を注入して、肝臓の中の血管(肝動脈・門脈・肝静脈)走行を調べる検査です。血管と腫瘍の位置関係を把握します。また造影される形やパターンで腫瘍の種類が分かります。

造影 MRI(EOB-MRI)検査

巨大な磁石の中に入りCTとは違った方法で肝臓の中を調べる検査です。なかでもEOBプリモビスト造影剤は正常肝細胞にとりこまれ、異常な肝細胞には取り込まれないので、腫瘍についてCTよりも精細な情報が得られることがあります。

胆管造影 CT(DIC-CT)検査

肝臓から胆汁に排泄される造影剤を使用したCT検査です。胆管の走行は人によって様々ですので、血管と胆管の位置関係などを立体的に把握することができる大切な検査です。

さらに当院ではシナプスビンセントというソフトを使用して、撮影したCT画像から肝臓・脈管・腫瘍を立体的に構築し切除範囲を決めています。脈管走行や切除容量をシミュレーションすることでより詳細な画像情報を得ることができます。また3Dプリンタを使用して、実際の肝臓の模型を作り、手術のシミュレーションを行っています。

超音波検査

術中にお腹の中から超音波を当てて、腫瘍の位置や脈管の走行を再確認する検査です。アセンダスエコーという機種は造影剤(ソナゾイド)を使用して、より明確に腫瘍を描出させたり、予め構築した画像とリンクさせて、表面からはわからない脈管・腫瘍の位置を確認しながら手術を行うことができます。

③ 内視鏡検査

上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)

経口的に内視鏡を挿入し、胃・食道・十二指腸を観察します。他に病変がないかを確認する目的と、胃食道静脈瘤の有無を判定する検査です。肝硬変になると肝臓が硬くなり門脈から肝臓への血流が低下し、かわりに胃食道の静脈を通って心臓に戻っていきます。そのため胃食道静脈瘤を併発することがあり、破裂して出血する危険があります。あらかじめそのような危険性がないかを調べる検査です。

下部消化管内視鏡検査(大腸カメラ)

肛門から内視鏡を挿入し大腸を観察します。これもあらかじめ他の病変がないかを調べる検査です。また転移性肝がんの原発は大腸がんが最も多いとされています。過去に大腸がんで手術をされた患者さんには、再発がないかどうかを調べる大切な検査の一つです。

肝臓手術の適応

これらの検査を経て、手術が可能であるかどうかを判断します。他臓器転移があるか、腫瘍の大きさ、数、脈管への侵襲の有無を判断します。肝機能の悪い患者さんに、大きな肝切除を行った場合、肝不全という重篤な合併症を起こし、最悪の場合、死にいたることもあります。安全に手術を行うため、手術が可能であるかどうか、確実に腫瘍を取り除くためどこまで切除してよいかなどを、これまで行った検査の結果を詳細に検討し決定します。また、残す肝臓の容量が少ない場合には、門脈塞栓療法を行います。放射線科の協力の下、切除する側の門脈血流を遮断し、残す側の肝臓の体積を増加させることによって、切除可能になることもあります。体力や栄養に問題があれば、術前にリハビリテーションやNSTの協力の下、栄養剤の飲用を行っています。安全で確実な手術を行うため、われわれ外科医の力だけではなく、病院全体のチームとして患者さんに笑顔で退院して頂けるよう日々の診療に当たっています。

おわりに

肝臓の治療は、患者さんひとりひとりの状況に応じて変わってきます。私たち肝胆膵外科グループは、患者さんに最も適した治療方針を提供いたします。安全で確実な手術を行うためには、われわれ外科医の力だけではなく、病院全体のチームとして、患者さんに笑顔で退院して頂けるよう、日々の診療に当たっています。

肝切除術後に予想される合併症について

肝臓は血流の豊富な臓器であり、切除する場合は止血をしながら手術後の合併症として、合併症はないことが望ましいですが、起こったときには誠意をもって迅速に対応します。

■頻度が多いもの■

胆汁瘻

胆汁は肝臓で排泄され胆管を通って十二指腸に流れます。胆汁瘻とは肝臓や胆管の切離断端などから胆汁が漏れ出すことです。量が多いと腹腔内に胆汁がたまり腹膜炎や膿瘍になって腹痛や発熱の原因となります。自然に閉鎖するのを待ちます。早く対応するために、局所麻酔でお腹にチューブをいれて腹腔内のたまりを吸出したり、口から内視鏡を入れて十二指腸から胆管にチューブいれて胆管内から胆汁の漏れを少なくする方法があります。長期間チューブが必要な場合には定期的に入れ替えます。漏れが少なくなればすこしずつチューブを引き抜いていきます。極希に再手術が必要になります。

腹水

手術の侵襲で数日はからだに水分がたまりやすくなります。特に肝臓は栄養を合成するところでもあり、肝機能が低下すると体液が薄まり、さらに水がたまりやすくなります。術後一時的にむくんだり腹水量が増えることがあります。利尿剤やアルブミン製剤、血漿などで対応します。膿がたまる場合には局所麻酔でチューブを挿入し吸引します。

胸水

肝臓の頭側は横隔膜を隔てて胸腔があります。肝臓手術による炎症が胸に及ぶと胸水がたまります。また腹水と同じ理由で体に水がたまりやすくなります。利尿剤で対応したり、量が多い場合には局所麻酔で穿刺して内容を吸引します。

肺炎

長時間手術の場合痰などで気道がつまったり、痛みのため大きな呼吸ができずに肺が縮んでしまったりして肺炎になることがあります。また誤嚥による肺炎もあります。術前の口腔ケアや、術後疼痛管理、早期離床して深呼吸してもらうことで対応します。

腹腔内出血

肝臓は門脈・肝動脈・肝静脈などの血管が入りくんでいます。肝切離断端や血管からの出血があります。手術中は肝臓に向かう血流を一時的に遮断して出血量を減らします。血管を縫合・結紮・クリップしたり、表面を薄く焼く電気メスや血管をシールする手術器具、止血シートなどを貼ったりします。出血量が多いときには点滴量を増やしたり、輸血したりします。術後の出血は、程度により血管造影カテーテルを利用した動脈塞栓術や再手術が必要になります。

腸閉塞

傷を治そうと術後は癒着物質がでます。そうしたものが腸管に付着し通過が悪くなることがあります。腸管が捻れて狭窄することもあります。絶食で消化管の負担を減らしたり、鼻から胃や腸管に管をいれて内容を吸引したり、改善しない場合には手術が必要になります。また、大きな手術のあとには一時的に腸管が麻痺して動かなくなることもあります。腸管麻痺や癒着を減らすためにも術後早期に離床し腸管を動かすことが大切です。

せん妄

手術や麻酔、入院のストレスで幻覚などがみえ不穏になることです。特に肝臓手術では薬剤や毒素を代謝する機能が落ちたるため起きやすいと言われています。術後の大切な管を抜いてしまったり、ベットから転落して大けがをすることもあります。鎮静剤を使用しても改善ないときは安全のため身体拘束やセンサーをつけさせてもらいます。

■頻度は少ないが重篤なもの■

全身状態が悪い場合には集中治療室に入り、人工呼吸器管理下で過ごすこともあります。

肝不全

肝切除して残った肝臓では機能を維持できなくなる状態です。黄疸や倦怠、腹水貯留やアンモニアがたまり意識障害(肝性脳症)をおこし、致死的になることもあります。肝臓に負担をかけないため安静にしたり、利尿剤、利胆剤、肝庇護薬、分枝鎖アミノ酸製剤、下剤、血漿輸血などで対応します。術前に肝機能検査(ICG 試験)や精密なCTから、残存肝容量と肝予備能を計算し、最適な肝切離法を決定し肝不全に注意します。

肺塞栓

長時間手術では静脈血流がうっ滞し下肢などで血栓が生じ、肺に送られ肺血管が閉塞することがあります。エコノミークラス症候群として知られています。塞栓した肺は酸素交換ができなくなるため死に至ることがあります。術中に下肢マッサージや弾性ストッキングなどで対応します。術後は早期離床や血液凝固阻害薬などで対応します。

ガス塞栓

腹腔鏡手術では二酸化炭素を腹腔内に注入し視野を広げます。この炭酸ガスが血管内に大量に入ると、一部は吸収されますが、肺の血管に詰まってしまい、肺でガス交換ができなくなることがあります。術中に二酸化炭素や酸素のモニタリングをして対応します。

呼吸不全

肺炎や無気肺、肺塞栓、ガス塞栓などにより酸素と二酸化炭素がうまく供給・交換できない状態です。酸素投与や吸痰、吸入などで対応します。酸素化が保てない場合には人工呼吸器管理になることもあります。呼吸が悪い方には呼吸器リハビリを行います。

心不全

手術侵襲や出血による水分バランスの変化、不整脈や心筋虚血などにより心拍が保てなくなる状態です。利尿剤や強心剤、抗不整脈薬、心筋虚血の場合には心臓カテーテルなどを行います。

腎不全

水分バランスの変化、肝不全などにより腎臓の機能が落ち、尿を作る機能が落ちる状態です。輸液や利尿剤、腎臓に負担のかかる薬剤を減らします。尿が出ないときには人工透析が必要です。

アレルギー

体の過剰な反応でじんましんや喘息、アナフィラキシーショックを引き起こします。種々の薬剤や食物が原因となり得、過去のアレルギー物質の接触を控えます。抗アレルギー剤やステロイド、補液で対応します。

■その他■

胆管狭窄

肝切離面などで胆管が狭窄し、胆汁のながれが悪くなります。胆管炎や黄疸、結石の原因になります。内視鏡的に十二指腸から胆管内にチューブをいれ狭窄を解消します。難治性の場合には胆管空腸吻合や肝切除も検討します。

消化管出血

肝硬変の場合、肝臓にいくはずの血流が胃食道や腹壁を通って心臓に戻ります。胃食道静脈瘤を形成し破裂出血することがあります。また手術や入院のストレスで胃十二指腸潰瘍から出血することもあります。止血には内視鏡でクリップしたり止血剤注入・散布、焼灼します。術後は胃薬を使用し対応します。

創感染

傷口の感染です。発熱や疼痛、創離開を起こします。傷を開いて感染源を洗浄するのが治療になります。

腹壁瘢痕ヘルニア

傷口の筋肉・筋膜などが閉じずに腸管などの内臓が傷の下に脱出している状態です。脱出して戻らない場合は腸管壊死の原因となり緊急手術が必要になります。日常生活に問題があれば縫合し直すか、筋肉のかわりにメッシュをあてて補強します。

横隔膜ヘルニア

経胸操作をした場合、横隔膜の傷が開いて腹部の臓器が胸部に脱出する状態です。腸管が脱出し問題があれば縫合やメッシュで補強します。

気胸

経胸操作を行った場合、肺を損傷して肺内の空気が漏れ出す状態です。胸腔内に余分な空気がたまり肺を圧迫します。呼吸苦や痛みを生じます。胸腔内にチューブをいれ余分な空気を吸引し、肺を膨らまし自然閉鎖を待ちます。改善しないときは胸腔内癒着術や手術で縫合閉鎖で治療します。

腸管損傷

腸管が癒着していた場合、剥離などで腸管損傷する危険あります。再手術して腸吻合や一時的人工肛門が必要になることがあります。

尿路感染

膀胱炎や腎盂腎炎など。水分摂取や抗生剤で対応します。

腸炎

周術期に抗生剤などを使用し腸内細菌叢が変化して、特殊な菌による腸炎が起こることがあります。補液と経口抗生剤で対応します。